
保育園・幼稚園・子ども園の現場をデジタル化すれば、先生たちは楽になる。私自身、そう考えてきました。紙の書類をなくす。電話連絡を減らす。過去の計画をコピーして使えるようにする。こうした仕組みが入れば、業務時間はかなり短くできるはずです。
今回お話を聞いたのは、2つの法人で勤務経験を持つ現役の男性保育士の方です。現在の園では、年間指導計画や月案、保護者との連絡、欠席連絡など、多くの業務がデジタル化されています。
本人の言葉では、「もう手書きの書類は正直ほぼない」という状態です。前に働いていた園と比べても、書類の負担はかなり減ったそうです。ここまで聞くと、「やはりデジタル化を進めればいい」という話に見えます。
でも、話を聞いていくうちに、少し違う問題が見えてきました。業務が効率化されても、新しい仕事が増えていく。そしてAIを入れれば、必ず保育の質が上がるわけでもない。
今回のインタビューから考えたいのは、「仕事を楽にすること」と「本当に大事な仕事に時間を使うこと」は同じなのか。ということについてです。
今の園では、手書きも電話もほとんどない
現在の園では、「コミュナビ」というシステムを使っています。
- 年間指導計画
- 月案
- 保護者との連絡
- 欠席連絡
こうした業務の多くがシステム上で完結しています。電話連絡もほとんどありません。前の職場では、デジタル化は進み始めていたものの、まだ手書きとデジタルを行ったり来たりしていたそうです。
指導計画をパソコンで作っても、「添削するなら手書きのほうが分かりやすい」という意見が出て、紙に戻ることもあったといいます。
たしかに、紙に赤字で書けば、「ここをこう直して」と伝えやすいです。
一方、デジタルだと、「どこに修正を書けばいいのか分からない」という問題もあります。これは、デジタルにすればすべて解決するわけではない、分かりやすい例だと思います。
現在の園では、大きな修正がそもそも少なく、必要なら口頭で伝えることで補っています。システムだけではなく、人同士のコミュニケーションでうまく埋めているわけです。
「こんなに少なくなるんだ」と感じた
今の園に転職してから、この方は書類作成の負担がかなり減ったと感じています。もともと文章を書くのが得意ではなく、白紙から一から文章を作ることに負担を感じるタイプだったそうです。
でも、過去の文章を参考にしたり、コピーして一部を変えたりできれば、かなり楽になります。
本人は前職について、「負担が大きいと感じて辞めた部分もあった」と話していました。そして現在の環境を経験して、「こんなに少なくなるんだ、時短になるんだ」と感じたそうです。これはかなり大きな話だと思います。
書類の作り方やシステムの違いだけで、同じ保育士という仕事でも負担感が大きく変わる。しかも本人は、転職前にはここまでデジタル化されているとは知らなかったそうです。
園見学のときにシステムの説明は受けていました。でも、実際に働いて初めて、「ここまで違うのか」と分かった。働く人にとって、どんなデジタル環境があるのかは、給与や休日と同じくらい重要な情報になっていくのかもしれません。
AIも使う。でも「AIありき」は違う
この方は、AIにもかなり詳しいです。ChatGPTの有料版を使い、Gemini、NotebookLM、Sunoなども触っています。副業でライターの仕事もしていて、記事制作のリサーチや下書きにもAIを使っています。
さらに本業でも、「勤務表をAIで作れないか」と模索しているそうです。主任や管理職が時間をかけて作っているシフト表を、AIで少しでも楽にできないか。これは、かなり現実的な使い方だと思います。
ただ、AIを保育に入れることについては、かなり慎重な考えも持っていました。保育に特化したAIがあれば使いたい。でも、「AIありきでできるかというと、違う」と話しています。
理由は、新人の先生です。
新人がAIを使うと、保育の質が落ちるかもしれない
この話は、かなり印象に残りました。
- 子どもの姿を見る
- その姿から何が必要かを考える
- それを文章に落とす
- そして、先輩に見てもらって直す
こうした経験を重ねながら、先生は少しずつ育っていきます。もし1年目や2年目の先生がAIを使って、「それっぽい文章が出た」「読んだけれど、まあ大丈夫そう」で終わってしまったらどうなるか。
本人は、「保育の質が逆に落ちるのではないか」と心配していました。これは、AI導入を考えるうえで避けてはいけない問題です。文章として自然だから、内容も正しいとは限りません。AIは、「正解っぽいもの」を出すのが非常に得意です。
でも、目の前の子どもを知っているわけではありません。その子に本当に合っているのか。今のクラスの状態に合っているのか。最後に判断するのは先生です。
その判断力がまだ育っていない段階でAIに頼りすぎれば、たしかに危険でしょう。
ただ、新人は昔から「真似」をしてきた
一方で、話していて別の視点も出てきました。
新人の先生は、これまでも完全にゼロから文章を書いていたわけではありません。
先輩の文章を参考にする。
本を買う。
インターネットで例文を探す。
似た表現を持ってきて、自分の文章にする。
本人自身も、新人のころは先輩の文章や本を参考にしていたそうです。時には文章をほとんどそのまま使って怒られ、「この書き方は違うんだ」と教えてもらいながら覚えていったと話していました。そう考えると、AIは「ものすごく性能の高いテンプレート」と見ることもできます。
問題は、AIを使うことそのものではありません。出てきた文章を、「なぜこう書くのか」「本当に目の前の子どもに合っているのか」と考える仕組みを残せるかどうかです。
AIが新人教育を壊すのか。それとも、新人教育の教材として使えるのか。ここは、ツールの設計だけではなく、園側の使い方にも左右されそうです。
デジタル化したのに、新しい仕事も増えている
そして、今回もう一つ気になったのがInstagramの話です。この園では、クラスごとに担当を決めてInstagramを運用しています。子どもたちの活動を撮影し、写真や動画を編集して投稿しています。さらに、園内では月1回ドキュメンテーションも作っています。
ここで本人が話していたのが、「何のためにInstagramをやっているのか、もう少し明確にしたほうがいい」ということでした。
- 在園している保護者に日常を見せるためなのか
- 園児募集のためなのか
- 採用のためなのか
目的がはっきりしないまま、「今はInstagramも必要だから」と業務だけ増えてしまえば、せっかくデジタル化で減らした負担が別のところで戻ってきます。これは、デジタル化を考えるうえでかなり重要な話だと思います。
効率化すると「空いた時間」に新しい仕事が入ってくる
技術によって仕事を10減らしたとします。すると、その10が全部「余裕」になるとは限りません。
・Instagramを始める
・動画を編集する
・園児募集のイベントを増やす
・保育の質を高めるために新しい記録を始める
・新しい研修をする
気づけば、減らした仕事の代わりに別の仕事が入ってきます。私自身、AIについて話していると、「AIで効率化したら先生が楽になる」と考えがちです。
でも、効率化したあとに何をするかまで考えなければ、本当の意味で先生の負担は減らないのかもしれません。本人も、「そもそも何のためにしているのかを考えて、増やすべきものと減らすべきものを話し合えたらいい」と話していました。
この言葉は、かなり本質的だと思います。
空いた時間を「もっと子どもを見る時間」にできるか
もう一つ面白かったのが、自己投資について聞いたときの回答です。
この方は、モンテッソーリ教育の本や保育雑誌、傾聴やコミュニケーションの本などを買って学んでいます。一方で、セミナーなどにはあまり参加していません。なぜか。忙しいからです。
ただ、現在は業務負担が以前より減っています。では、その空いた時間に大量の研修を受けているかというと、そうでもありません。
本人は、「今までできていなかったから、もうちょっと子どもの姿を見て、必要なものは何かを考える時間に使っている」と話していました。
これは、かなり大事だと思いました。効率化によって生まれた時間を、さらに別の業務で埋める必要はありません。
子どもを見る。考える。少し余裕を持つ。それ自体に価値があります。
「空いた時間=生産性が足りない」と考えてしまうと、永遠に仕事は減りません。
AIを入れる前に、「何のための仕事か」を問い直す
今回のインタビューでは、AI活用についてたくさん話しました。
- 指導案
- シフト表
- ライティング
- 保育特化AI
どれも可能性があります。でも、最後に一番残ったのは、「何のためにやっているのか」という問いでした。指導案は何のために書くのか。Instagramは何のために更新するのか。ドキュメンテーションは何のために作るのか。AIを何のために入れるのか。
ここが曖昧なままだと、どれだけ便利なツールを導入しても、業務は減らないでしょう。むしろ、新しいツールが新しい仕事を生み出すことすらあります。
だから、AI導入より前に、「これは本当に必要な仕事なのか」「この仕事によって、誰にどんな良い変化を起こしたいのか」を考えたほうがいいのだと思います。
余裕があることも、保育の質なのかもしれない
インタビューの最後には、保護者についての話も出ました。
本人は、「保護者にも、もっと自分の子どもに向き合う余裕があるといい」と話していました。
物価が上がる。仕事が忙しい。生活に余裕がない。そのストレスが、家庭にも園にも影響しているのではないか。先生だけではなく、保護者にも余裕がない。それが巡り巡って、子どもにも影響する。そう考えると、「余裕」は単なるぜいたくではないのかもしれません。
先生が少し落ち着いて子どもを見る。保護者が少しゆっくり子どもの話を聞く。
そのために、減らせる仕事を減らす。
今回の話を聞いて、デジタル化やAIの目的は、作業時間を短くすることだけではないと思いました。人に「余裕」を返すこと。そして、その余裕を子どもに向けられるようにすること。そこまでできて、初めて業務効率化が保育の質につながるのでしょう。
AIを導入するか。デジタル化を進めるか。
その前に、「何のための仕事なのか」を一つずつ問い直す。今回のインタビューから、また一つ大きな問いをもらいました。引き続き、現場の声を聞いていきます。
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